仕事にまつわるいろいろ(その1)

信天翁通信(あほうどりつうしん)3

 

脚本家専業になるまでのことは、『大船撮影所いろいろ』で書きます。

テレビ部へ企画・脚本担当で移っての最初の仕事は、土曜ワイド劇場『声』(松本清張)の脚色でした。この枠はできたばかりで企画も視聴率も安定せず、また一時間半(当初はそうでした)という長さはテレビで育った脚本家には書き辛く、映画出身の脚本家には食い足りないという感じで書き手が安定供給されず、そしてまた松本清張という作家は、その題材の独創性、そして日常リアリティの濃さを買われてテレビ化はされていたが、ミステリーが本質的に持つプロットの強さ、その独自のオリジナリティはテレビでは生かされず、当然ドラマとしていまいちになり、視聴率も取れないとされていたのです。私の脚色ではプロットのサスペンス味を強く生かし、クライマックスの設定では原作にはない危機的状況を加えました。スタジオドラマにない映画的なそれが、テレビ的日常ドラマに慣れた眼には違和感があったのか、テレビ部長は失敗作だね、といいました。この評価はすぐにひっくり返ります。

清張作品の日常リアリティの濃さは私も感じており、ヒロインの友人役に探訪リポーターとして活躍していた泉ピン子さんを推薦しました。みんな、え?って感じでしたが、これは当たりで以後女優として大きく伸びたのはご存知の通りです。ただ、ピン子さんは主演の予定だった倍賞千恵子さんとの共演を楽しみに受けたらしく、倍賞さんがスケジュ-ルの都合で出られなくなったのはお気の毒の至りです。

この作品、視聴率13%、10%前後で横ばいだった土曜ワイドとしては成功で、清張作品としてもそのプロットの強さが初めて掘り起こされたのかもしれません。また、『声』という一字題名に『松本清張の』と付けたタイトルにしたのはチーフプロデューサーの井塚英夫さん。ワイドショー出身の町場感覚の鋭さに私たちはびっくり。しかし以降ドラマのタイトルでこのスタイルが流行。いまや定番ですね。

続いてすぐ必殺シリーズで京都に呼ばれました。『必殺からくり人』第四シリーズ。早坂暁さんが創った山田五十鈴をメインとする殺し屋メンバーの物語。『富嶽百景殺し旅』。葛飾北斎が富士の絵に隠した手がかりから殺す相手を探すという仕組み。早坂さんが一話しか書けず、メインライター不在、しかもメンバーたちのスケジュールがきつく、脚本家たちが一つ宿に集められひたすら書く、必殺史上有名な《観音ホテル合宿》に放り込まれたのです。浜松の名刹が京都宿泊用別館を作ったが、場所が岡崎のラブホテル街の真ん中。ラブホテル化したそこへ、朝夕二食付きで監督、脚本家を泊め、一度行くと二本は書くノルマ。アベックも来、それを伺うこちら側の人間もおり、コンナトコロデハ書ケナイ!と怒って帰った真面目な人もいたらしい。祇園まで歩いて飲みに出られたから、便利な宿でした。

最初書いたのが『本所堅川』。江戸時代の事実談で岡本綺堂も『半七捕物帳』で使っている、浮浪児を一ツ目小僧に仕立て、空き屋敷に商人を呼び怪談仕立てで脅して金品を奪うエピソード。これを浮浪児たちが食うためにやっていて、悪御家人に悪用されるストーリーにしました。すんなり通り、すんなり出来た。これ、必殺シリーズのフォトグラフィ美を確立した、名カメラマン石原興さんの初監督作品です。

すぐに、オカルト必殺シリース『翔べ!必殺うらごろし』が続きます。時代より早過ぎた、といわれているじつにユニークなもので、中村敦夫、市原悦子、和田アキ子などキャストラインも当時異色でした。だが、視聴率はしばしばシングルで、遂に必殺シリーズ打ち切りかどうかを賭け、続くだけ続けようと『必殺仕事人』が始まります。そしてこれは84回、足掛け3年に及ぶシリーズとなり、必殺復活を果たすのです。

チーフプロデューサーの山内久司さんに、《変えよう》という強い意志があったと思えます。一度見たら忘れられない強い現実感、殺す、という具象的行動のストレートさ、そのテクニックの奇抜さ、そういう時代劇は空前絶後で、しかしそのアルティザン性の濃さでマニアは深く存在したが観客層の広さはなかった。そこ を変えようとしたのではないか。殺しへの出発の音楽が、闘牛士の登場のようなファンファーレに変わり、そして若さのヴィヴィッドさ、色っぽさを持つキャストが加わる。脚本家や監督の顔ぶれにも変化をもたらしたかもしれません。現代のドラマの人や新人が増えています。

私についていえば、『仕事人』で担当した最初のものは、このシリーズ初の視聴率18%、中村鴈治郎、山田五十鈴両元締めの夫婦喧嘩、決闘沙汰というオイシイ設定の回だったせいもありましたが、必殺再構築に多少の貢献をしたようです。

土曜ワイドは模索の時期、必殺は変革の時期、それらと出会えたのが脚本家のスタートとして幸運でした。更に社員ライターで脚本料が安かった。確か必殺が6万、土曜ワイドなど2Hが12万。これは助監督が映画の脚本を書くと15万だったのに準じたのでしょう。この事は、数年やってる内に必殺の制作費が万年赤字だったのを消すほどのプラスを松竹にもたらした。必殺シリーズは制作費が安かった。殺し屋の話というので有名スポンサーが付きにくかった、と山内さんから聞きました。もちろん高視聴率番組になってからは違ったでしょうが。

さらに私の資質からいうと空想力はあるが想像力が弱い。アイデアがキャラクター、ストーリーに育ちにくく、プロットになかなか達しない。日常性の強い、アクチュアリティに基づくドラマだとことに苦しい。しかし、いわゆるレシ(物語)の虚構性に基づく時代劇とミステリだとプラスに働いたようです。つまり土曜ワイドと必殺に、私は受け止めて貰ったのでしょう。

そしてこの二つの路線をやってるうちに新しい分野にも加わるようになります。そのあたりは次回から。

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